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更新が止まった「地域活性化」アカウントを見て感じたこと
X(旧Twitter)で「地域活性化」をテーマにしたアカウントをフォローしていると、投稿が2021年や2023年で止まっているものを、少なからず目にします。
最初は意欲的に活動報告をしていたのに、ある時期を境に更新が途絶える──この現象は偶然ではなく、地域活性化そのものが抱える構造的な課題を映し出しているように思います。
本記事では、なぜ地域活性化の取り組みや発信が止まってしまうのか、そして、地域活性化を一過性で終わらせず、息の長い活動にするために何が必要なのかを整理します。
なぜ地域活性化アカウントは止まりやすいのか
「やりたいこと」がゴールになってしまっている
多くの停止したアカウントに共通して感じるのは、
- イベントを開催した
- マルシェを実施した
- 空き家を一つ活用した
- 補助金事業を完了した
といった個別の取り組みそのものがゴールになっている点です。
しかし、これらは本来「手段」に過ぎません。 「地域をどうしたいのか」という目的が曖昧なままでは、やりたいことを一つ実現した時点で満足してしまい、その先に進めなくなります。
結果として、活動も発信も自然消滅してしまいます。
理念やビジョンが言語化されていない
地域活性化が続くかどうかの分かれ目は、
この地域を、将来どのような姿にしたいのか
を自分の言葉で説明できるかどうかにあります。
理念やビジョンが明確でないと、
- 次に何をすべきか判断できない
- 反対意見が出た時に軸がぶれる
- 成果が見えないと虚無感に襲われる
といった状態に陥りやすくなります。
その結果、「もうやり切った」「これ以上やる意味が見えない」と感じ、活動が止まってしまいます。
動機が外発的である
短命に終わる地域活性化の多くは、
- 補助金が出るから
- メディアに取り上げられそうだから
- 周囲から評価されたいから
といった外発的動機が中心になっています。
外発的動機は、 支援・注目・お金が途切れた瞬間に、活動を続ける理由も失われます。
一方で、地域の将来に対する危機感や責任感といった内発的動機に基づく活動は、状況が厳しくなっても簡単には止まりません。
息の長い地域活性化に必要な考え方
「地域のあるべき姿」を先に定める
地域活性化の順序は、本来次のようであるべきです。
- この地域を、将来どのような場所にしたいのか
- その姿を実現するために、今どんな課題があるのか
- 無数にある手段の中から、今もっとも適切な選択は何か
やりたいことは、最後に位置づけられるべきものです。
先に「何をやるか」が決まってしまうと、地域の本質的な課題から目を逸らした活動になりやすくなります。
活動は「正解」ではなく「仮説検証」と捉える
ベント、空き家活用、SNS発信などは、
- 一度やれば終わりの正解ではない
- 状況に応じて見直してよい仮説
として捉えることが重要です。
理念が明確であれば、
この手段は合わなかった。では次に何を試すか
と、自然に次の選択肢を考えることができます。
理念のない活動は、失敗した瞬間に行き詰まりますが、理念のある活動は試行錯誤そのものが前進になります。
自己満足で終わる活動は、地域に何も残さない
「やりたいことをやり切った」という達成感だけで終わる活動は、
- 仕組みが残らない
- 担い手が育たない
- 住民の意識が変わらない
という結果になりがちです。
活動が止まった瞬間、地域は元の状態に戻ってしまいます。
一方で、理念に基づく活動は、
- 問題意識が地域に共有され
- 次の担い手が自然に生まれ
- 主体が変わっても取り組みが続く
という形で、地域に確実な「変化」を残します。
地域活性化は「姿」から始める
地域活性化は、派手なイベントや目に見える成果から始めるものではありません。
- 放置すれば何が起こるのか
- 将来、どんな地域でありたいのか
こうした問いを住民と共有し、時間をかけて合意を積み重ねていくことこそが、本当の意味での地域活性化だと思います。
やりたいことを実現して満足する活動は自己満足で終わります。
しかし、地域のあるべき姿を見据え、その実現のために最良の選択を続けていく活動は、たとえ形を変えても、確実に地域に残り続けます。
地域活性化を「続ける」ために、今一度、目的から問い直すことが必要ではないでしょうか。


